2018 . 07 . 10

聖地巡礼

「その食事のために旅行する価値のある卓越した料理。」

 

フランスのミシュラン3星を返上し、現在も料理界で唯一無二の存在、

母親から料理指導を受け、外部での修行経験もなく、故郷の自然や風景から料理を創造するシェフ。

 

ミシェル・ブラス。

 

彼の来日を知り、唯一の支店がある、ザ・ウィンザーホテル洞爺。

 

 

空港から車で2時間。

決して良い立地では無いが、日本、世界中のゲストがこの場所を目指す。

 

 

彼の元で働いたことも、料理を食べたこともなかったが、心の師だった。

僕に宗教心は無いが、彼に対しての信仰心は確実だ。

群馬から半日かけて食事のためだけに訪れるそれは、同行した妻には理解できないようだった。

でも、楽しんでたよね?

 

彼の料理は、洗練、クリア、優雅、たおやか、優しく、謙虚で勇ましい。

いかなる言葉や形容も凌ぐ、気高い料理だった。

 

偉大なシェフとの会話も、一言一句、聞き逃すまいとメモを取った。

料理のこと、経営のこと、スタッフのこと、たくさんの言葉を交わした。

ある到達点にいる人間の、怖さすら感じる澄み切った目を見ながら、これが現実世界であることを確認する自分がいた。

退室する時、おもむろに、彼がメニューに綴った。

 

『情熱に溢れる大切さ。自然はそこにある。君をいざない、君を愛する』

 

あの食事を思い出すたびに、熱いものがこみ上げてくる。

常に考え、常に手を動かす、探究心と集中力。

高みを目指せ!!!そう彼の声がする。

2018 . 07 . 10

最後の晩餐

人生最後の食事をどうしようか?

 

ふと考える。

何を、どうやって、誰と、どのくらいの時間?

 

様々な業態があり、飽和に近い現在、選ぶことの難しさ。

 

今だったら、赤城山近くの蕎麦かな?

行きつけのホルモン焼きも良い。

ソウルフードの焼きまんじゅうも意外とあり。シブめのお茶と。

 

家族、友人、仲間と居たいかな?

でも、全員集合しても話題が色々で、酒が入ったらグダつきそう。

安らかに高まりたいな。

 

 

年がら年中、料理のことを考えてる人は世の中にどのくらいいるだろう?

シェフだったら普通だけど、世間的にはレアだろうな。

 

本当に、自分に出来ることに向き合って、全力で生き抜いていれば、最後に食す物は自分の料理かも。

かつ、最後の晩餐をもてなす側になるだろう。

かなり口当たりの良い理想だけど、そうありたいです。

そのくらい、自分の関わるプロジェクト、プロダクトに没頭したい。

 

呼吸するように、会話を楽しむように、無意識に手が動く、思考を超克した創造。

 

 

人生の最後までに、そんな感覚を味わいたい、、、。

2018 . 07 . 08

デザインとアート

料理によく芸術という表現が用いられます。

国内海外のスターシェフのそれは、確かにそう感じるものもあります。

 

最近デザインスクールに通い、プロダクト、建築、コミュニティーなど、様々なものの概論を学んでいます。

その中で、「形態は機能に従う」というフレーズが、心地よい納得をさせてくれました。

 

その料理が何を意図してるのか?何を伝えたいのか?なぜ火を通すのか?どう食べて欲しいのか?

作り手食べ手が、100%共有できなくとも、「食べる」という「機能」が発生している時点で、料理はアートではないと思う。

生産者の思いが詰まった食材を、原価や売値も考慮し、魅力ある商品にする。提供する場所、居心地の良い空間、

様々な役割を担う飲食業は、まさにデザインだ。

 

 

衝動的に創造し。理解や賛同など必要とせず、自己の内発的世界の最高到達点を追求する。

アーティストはこんな感情を抱いているのかな?

 

僕の恩師、辻静雄先生は仰った。

『芸術に最も近く、芸術であってはいけないもの、それが料理だ。』と。

上州キュイジーヌの確立を目指す僕にとって、すごく響く言葉です。

 

故郷のため、生産者のため、お客さんのために作る僕の料理は、美味しいはもちろん、それ以上の価値あるものでありたいし、食を通して問題解決するツールの機能も果たしたい。

 

豊かな群馬だからできる、人を笑顔にする、緻密にデザインした上州キュイジーヌを追求します。


 

片山ひろ